【77歳、借家でひとり暮らし】「ここからの人生は楽しみしかない」ノンフィクション作家・松原惇子さん 読売新聞 公開日 2025.02.07
『ひとりで老いるということ』『孤独こそ最高の老後』など、多数の著書を執筆し、おひとりさま女性を応援し続けている松原惇子さん。「喜寿なんて全然嬉しくない」けれど、ひとり暮らしの充実度は若い頃よりも高まっているそう。その秘訣を伺いました。
デビュー作の『女が家を買うとき』で注目を集め、3作目の『クロワッサン症候群』がベストセラーに。
NPO法人SSSネットワーク代表。近著に『70歳からの手ぶら暮らし』など。
持ち家も、母も失い、ないない尽くしに39歳のとき、『女が家を買うとき』で作家デビューした松原惇子さん。以来、一貫して「ひとりの生き方」をテーマに執筆や講演活動を行い、1998年にはおひとりさま女性をつなぐ団体 “SSSネットワーク” を設立し、今も活動を続けている。
おひとりさまのプロともいえる松原さんだが、77歳の今こそ、「ひとりの人生が本当に充実している」と感じるそうだ。
「若い頃のひとり暮らしは、今思えば気楽でした。自分の家を買って、好きなように暮らしていましたから。ところが、持ち家は65歳のときに水漏れ事故が原因で手放すことになります。そして75歳で愛猫を、その翌年には母を亡くしました」
母を亡くした後は自分でも信じられないほど落ち込んだ。
「母とはもともとあっさりした関係で、10年ほど前に一時は同居したものの、一緒に暮らすのがこんなに大変なものかと別居に戻ったくらい。それがいざ母が亡くなると、本当にひとりぼっちになったんだというどうしようもない辛さに襲われました」
「頑張ってね」などというわかりやすい言葉こそなかったが、母は確かに、どんなときも自分を応援してくれていた。その存在がもうない……。落ち込んだどん底で、さまざまなことを考えた松原さん。そのうちに、少しずつ大切なことが見えてきたという。
「家があるとか家族がいるとか、幸せってそういう条件ではないんです。大切なのは持ち物の数ではなく、自分の心のもちようではないでしょうか。77歳で借家、ひとり暮らしで国民年金もごくわずかの私は、はたからは不幸の条件がそろっているように見えるかもしれません。でも私自身は今、自分の人生をちゃんと送っているという充実感を覚えて生きています」
松原さんが代表を務めるSSSネットワークで建立した「女性のための共同墓」。年に一度、追悼会を開き、会員の集いの場になっている。
自由こそ、ひとりの最大のメリットないない尽くしのひとり暮らしでも、毎日を機嫌よく楽しく過ごす松原さん。その秘訣とは?
「いちばん大切なのは、“ひとりは寂しい” という固定観念を捨てること。私のようにずっとシングルできた人はまだしも、長く連れ添った伴侶を亡くした人などは、“ひとり” に対してマイナスイメージを抱くのではないでしょうか。まずはそこを変えましょう」
女性のほうが長生きする現実。今は家族がいても、将来ひとりになる女性は多い。松原さんはそんな人にも、今のうちから“ひとり” に対する考え方をリセットし、いざというときに楽しく暮らせる術を学んでおくことを勧める。
「ひとりの最大のメリットは自由です。誰かと暮らしていたら、気をつかって相手に合わせる部分が必ずあるもの。でもひとり暮らしは100パーセント、自由です。この自由こそ大事なものだと自覚して、この先は100パーセント楽しく暮らそうとポジティブに考えることが第一歩です」
自分サイズの家での丁寧な暮らしが生きるベースに
では、楽しく暮らすために必要なことは何だろうか。
「単純なことですが、日々の暮らしを丁寧にすることではないでしょうか。以前、禅宗の住職に仏教でいちばん大切なことは何かと質問したのですが、その答えがまさにこれでした。悟りでも真理を究めることでもなく、掃除や食事といった暮らしをきちんとすることが大事。これを聞いて、私は母のことを思い出しました」
ロボットかと思うほど規則正しく暮らし、塵ひとつ残さず掃除をして花を生けていた母。
「母は78歳で夫と死別し、生まれて初めてひとり暮らしをすることになったんです。専業主婦でしたし、どうなることかと思ったのですが、自分のリズムをつくって暮らしを見事に立て直しました。その頃の私にはわからなかったのですが、母は生活を整えることで心を整えていたんですね」
今は松原さんも規則正しい生活を心がけている。朝はラジオ体操や軽いウォーキングをし、丁寧に入れたコーヒーを飲む。
「食事もできるだけ3食規則正しくとるようにすると、その合間の時間をどう過ごそうかと前向きな気持ちがわいてきます」
ひとり暮らしを輝かせる趣味の力
自由な時間をどう楽しむか。それには、「好きなことをするのがいちばん」と松原さんは言う。
「手芸や絵画、料理、俳句……。何でもいいのですが、時間を忘れて没頭できるものをもっている人は強いですね。たまに自分の好きなものがわからないという声も聞きますが、そんなときは子どもの頃のことを思い返すといいですよ。私はレース編みや刺しゅうなどの手芸が大好きでした。大人になり仕事が忙しくなって忘れていましたが、自由な時間が増えた今、また楽しんでいます」
子どもの頃から手芸が大好きだった松原さん。今は、天然の花の表情を布で繊細に表現する布花作りにハマっている。「手先に集中していると余計なことを考えずにすみ、心が落ち着いてきます。あえて難しいものに挑戦して、出来上がったときの喜びを味わっています」
子どもの頃から手芸が大好きだった松原さん。今は、天然の花の表情を布で繊細に表現する布花作りにハマっている。「手先に集中していると余計なことを考えずにすみ、心が落ち着いてきます。あえて難しいものに挑戦して、出来上がったときの喜びを味わっています」
お花でもピアノでも自分ひとりで楽しめる趣味があるといい。
もうひとつ、松原さんが子どもの頃から好きだったのが音楽だ。
「ヴァイオリンやギター、マリンバなど、いろいろな楽器に手を出してきましたが、ピアノだけは弾いたことがなかったんです。死ぬまでにはやりたいなあと思って。だからね、昨年、始めたんです。77歳の初挑戦ですよ!」
ピアノを習おうと決めた途端、自分の中に力がみなぎってくるのを感じたそう。
「こんな年で始めるんだから、バイエルなんてすっ飛ばして、私の好きな曲、3曲だけでいいから弾けるようになりたいって先生に相談しました。『エリーゼのために』から始めて、今、ショパンの『別れの曲』に挑戦中です」
2週間に一度のレッスンに向けて、気がつけば夢中でピアノを弾いている。こんな集中力がまだ自分にあることも嬉しかった。
「いつかSSSネットワークの集会で披露しちゃうかもしれません。そのとき、昔から弾けたんでしょなんて疑われたら嫌だから、今のヘタクソな状態も証拠映像として録画しています(笑)」
趣味は何でもいいが、心底、打ち込むためには、目標を高く設定するといいと教えてくれた。
「手芸だったら超大作を作るとか、英語の勉強だったら英検をとるとか。それがモチベーションにつながると思います」
ピアノを始めてすぐ、黄色の電子ピアノに一目ぼれして購入。長続きするかしらという心配も吹き飛んだ。
「趣味に没頭していれば、余計な心配事をしなくなる」と松原さん。ひとり暮らしのベテランでも、もちろん心配事と無縁ではない。
「病気になったらどうしようとか、このまま年金でやっていけるのかしらとか……。でも、心配事って考えても仕方のないことがほとんど。病気を避けることはできないし、お金の問題も日々現実的に考えていくしかない。それでも不安になるのはなぜか。それは、欲があるからだと気づいたんです。健康でいたい、お金の心配なく暮らしたい。不安はそうした欲の裏返しなんですね」
母を亡くした後の自分を、「欲の塊になっていたみたい」と振り返る。この先、ひとりでどうするの、幸せになりたいのに……と。
「でも、“欲” ではなく“意欲”が大切だと思い至りました。趣味で目標を追い求めるのもいいし、私はまだ仕事もしているので、仕事を通してひとり暮らしの女性に元気を届けたいと思います」
日々の暮らしを楽しみ、意欲を枯らさないこと。意欲こそ、ひとり暮らしの頼もしい相棒なのだ。
ー「いつかはひとり」でも大丈夫!のヒントー
① “ひとりは寂しい” という固定観念を捨てる
世の中の「おひとりさま」への偏見はかなり薄らいできたが、案外、自分自身の中にマイナスイメージが残っていないだろうか。まずは「ひとりは楽しい」と自分の意識変革をすることが大切。
②好きなことを探し “没頭力” を身につける
時間を忘れるくらい打ち込める趣味をもっていると、ひとり時間が俄然、輝いてくる。さらに、趣味といえども目標を高くもつようにすれば、その時間の充実度は確実に高くなる。
③ “欲” を捨て、 “意欲” をもって生きる
健康、お金、安全など、ひとり暮らしに不安はつきもの。だが、その不安の根源は自分本位の欲なのではないか。無駄な欲を捨て、枯れない意欲を相棒に、前向きに暮らしていこう。