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出来ることと出来ないこと、出来ることからやってみませんか

どうも、元強迫観念と全般性不安障害の揚げ玉どんぶりです。

報道を見ていると疲れてしまいますね・・・と少し考えてみたら、ネガティブなニュースを見続けていて、ネガティブになるのも当たり前だと気づきましたし、そもそも報道がポジティブなニュースを主軸に流したことなど私の知る限りはないな、と気づきました(笑)

さて、森田療法で大事なこととして、「できることとできないことを分ける」という考え方があります。

私達は気分が優れない時など、「できること」に注意を払うよりも、「この不安な感情や症状、体や気持ちの違和感」を何とかしようとついつい頑張ってしまいます。そして、これさえなければ完璧なのに、と思ってしまうかもしれません。

しかし、そうやって心身を意志の力でコントロールしようと、注意が更に自分や症状、感情に向いてしまい、結果的にとらわれてしまいがちです。

そうすると、常に自分を測定することになり、とらわれのループが何重にも、らせんのようになってしまいます。

では、どのようにしたら良いかというと、それら「できないこと」はとりあえず脇に置いておいて、「できること」に注目して、無理やりでもそれに取り組むことが肝要であると考えます。

例えば、ご飯を食べることやトイレに行くことは最低限でも必要なことですし、ご飯を食べたら皿を洗うなりカップ麺でも容器を捨てなければなりません。そうすると、次の食材も買わなければなりませんし、外出するためにある程度は服を洗濯したり、風呂に入ったりシャワーを浴びて清潔を保つ必要もあるでしょう。

「そんなことより症状を、この不安感を・・・」と思われるかも知れませんが、そういった日常生活の実践から症状にしか目が向かなかった状態から、実際的な行動を優先するという方向に向かって行くのが森田療法では大切です。

それは、症状を相手にすることで症状を抑えているという状態から、症状よりも行動するということで、私の場合でいうと命綱を放すというか裸でとても恐ろしいものに挑むようでしたが、びくびくはらはらでもやっていく内に少しずつではありますが、その態度の習慣が身についてきました。

そして、個人的にではありますが、「生活に流されていく」というのが重要であるように思えます。

先述のご飯の話だけでなく、私達は否応でもお金がなくては生活がほぼ出来ないでしょうから、資産家でもない限り、仕事なりなにかしらお金を稼がなければなりません。その為には嫌でもため息ついてもずるずるとでいいので首にならない程度にはまずは働かなければなりませんし、上司や同僚との不和があっても、耐えるなり対処するなりしていかなければなりません。

また、ゴミの日にゴミを出さなければ溜まっていく一方なので捨てざるを得ませんし、タバコの灰皿もいっぱいになったら中身を捨てなければ、吸殻が捨てられなくなります。

そうやって必要に応じて「とりあえず」「何となく」「びくびくはらはら」で構いませんから、ずるずるとやっていくと、意外と色々なことが出来ている自分に気づけるかもしれませんよ。